2006年11月02日

近畿大学連勝中!!

秋期関西大学リーグの第5節が終了。
近畿大は3連勝。

しかも後輩の2アシスト付き。
きました。
だんだん調子上げてきてます。



■10月29日(日)
 鶴見緑地球技場
 (第2試合)14:00 kick off

近畿大学 2-1 阪南大学

■得点(アシスト)
近畿大:
52分 江口 正輝(馬場 賢治
53分 金田 英之(馬場 賢治

阪南大:
56分 木原 正和(小寺 優輝)



まぁ相変わらず後半だけど・・・
賢治本人もメールで「スロースターターっすねぇ」とか言ってましたが、良いです。それでも。
それが持ち味だから。


でも、2アシストは立派。
秋期はアシスト王狙いでベスト11入りだ。


う〜んしかし、観に行かれないこのジレンマ。
どうするべきか。悩む。
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2006年10月22日

近畿大が2連勝

第4節が同曜日に行われて、速報見たら勝ってました。
これで連勝し勝ち点9の3位に浮上。
よしよし。


■10月21日(土)
橿原公苑陸上競技場
(第2試合)14:00 kick off

近畿大学 2-0 同志社大学

得点(アシスト)
10分 金田 英之
16分 片山 真人(佐藤 亨・金澤 慶一)


でも悪いが同志社は今リーグは1勝もしてないチームなんだよね。
だから、優勝目指す近大なら勝って当たりまえ。
次から当たる、阪南、立命館、大体大、桃山大、関西大の、こっからが大変。
マジで真価が問われる。
posted by 2take at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

たんなるぼやきです

日記です。
ぼやきです。

適当に聞き流してください。


昨日から風邪引いて寝込んでます。
なもんで、PCの前でネットを巡る。
まあ、こういう時こそいろいろと考えてしまう事がある。


で、タイミング良く見つけた以下のサイト。
サポティスタにもリンク貼られているけど、ヴァンフォーレ甲府の海野社長の活躍がマンガになったって話し。
大変勉強不足な自分を恥じましたが、是非マンガでも読んでみたいと思った。
明日、コンビニで探して絶対に読もう。



BJ魂に載っているヴァンフォーレ甲府の海野社長の漫画はJリーグファンなら必読の内容(UG Blog)



何が言いたいのかというと、我が湘南ベルマーレの低迷と、ヴァンフォーレ甲府の躍進とは何が違うのかということ。
お荷物とまでいわれ潰したほうが・・・とまでいわれた甲府。
そのクラブチームを首をかけ再生にあたった海野社長の意気込みと、それに応えたサポーターとスポンサー。
正直、火事の下りは知らなかったけどサポーターの心意気には感動。
でも、そもそもサッカーに対する情熱ってなに?


手抜きしている。甘えているとはいわないが甲府とウチとではクラブ運営陣の覚悟が違うのかな?と。
サポーターは同じくらい、いやそれ以上に熱いと思っている。
でもね・・・現実を見ればあちら様はJ1で今年の残留が確定的。
こちらはJ2で4年も続けて下位に沈み昇格争いとは縁のない1年となった。

結果が全てではないとは思う。
しかし、プロである以上は結果と利益を出してこそ評価される。
でなきゃ、選手だけじゃなく社員も生活できないでしょ。
クラブの反映=自分たちの生活の安定
簡単にいうとだけどね。

さて、なんでこんな事を書いているかというと、ここ最近いろいろと考えていることがある。
何をすれば観客が増えるのか。
ファンが増えるのか。
魅力あるクラブになるのか。

強くなる方法を見つけることは俺にはできない。
俺は指導者じゃないからね。
でも、湘南というクラブは好き。
だから魅力あるチームにしたい。
じゃあ、何ができるのか?
俺個人の力では何もできません。

でもね、僭越ながらもこのブログを熱心に読んでくれている人の数はかなり居ると認識しています。
だから、せめてその人たちだけでもこのマンガを読んで認識して何か考えて欲しいなと思い書いてます。

俺は俺なりのやり方で、皆は皆のやり方があると思う。
スタジアムに通うこと、チケットやグッズを買うこと。他にも、売店でご飯を食べること。沢山ある。
練習場に足を運んでサインを貰うことなんかもね。

地元の中高生が、将来はベルマーレでプレーしたいと思えるような魅力在るクラブに。
そして、強いクラブに。
甲府ができたんだ。
湘南でもできない訳はない。でしょ?
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2006年09月14日

Jリーグ特別指定選手

12日に協会からJリーグ特別指定選手の承認が発表された。
以下、協会のリーリース引用。


2006年度JFA・Jリーグ特別指定選手に児玉 剛選手・本田 拓也選手・小林 亮太選手・難波 宏明選手を承認(06.09.12)


日本サッカー協会は9月12日(火)、関西大学体育会サッカー部所属の児玉剛選手、法政大学体育会サッカー部所属の本田拓也選手、高崎経済大学付属高等学校所属の小林亮太選手、流通経済大学体育局サッカー部所属の難波宏明選手、以上4選手を2006年度JFA・Jリーグ特別指定選手として承認しました。

◇2006年度JFA・Jリーグ特別指定選手

選手 :児玉 剛(KODAMA Tsuyoshi)
ポジション:GK
生年月日 :1987年12月28日
身長/体重 :182cm/77kg
所属歴 :ガンバ大阪ジュニア→千里丘FC→吹田クラブ→京都パープルサンガユース
所属元 :関西大学体育会サッカー部
受入先 :京都パープルサンガ
承認日 :2006年9月12日(火)

選手 :本田 拓也(HONDA Takuya)
ポジション:MF
生年月日 :1985年4月17日
身長/体重 :177cm/70kg
所属歴 :FCコラソン→FCコラソン・インファンチル→桐光学園高等学校
所属元 :法政大学体育会サッカー部
受入先 :清水エスパルス
承認日 :2006年9月12日(火)

選手 :小林 亮太(KOBAYASHI Ryota)
ポジション:DF
生年月日 :1988年6月22日
身長/体重 :181cm/75kg
所属歴 :久留馬サッカークラブ→榛名町立榛名中学校サッカー部
所属元 :高崎経済大学付属高等学校
受入先 :ザスパ草津
承認日 :2006年9月12日(火)

選手 :難波 宏明(NANBA Hiroaki)
ポジション:FW
生年月日 :1982年12月9日
身長/体重 :172cm/68kg
所属歴 :玉島東中学校サッカー部→岡山県立笹岡工業高等学校→ヴィッセル神戸→栃木サッカークラブ
所属元 :流通経済大学体育局サッカー部
受入先 :横浜FC
承認日 :2006年9月12日(火)


【JFA・Jリーグ特別指定選手】
目 的:サッカー選手として最も成長する年代に、種別や連盟の垣根を越え、「個人の能力に応じた環境」を提供することを目的とする。
概 要:全日本大学連盟、全国高等学校体育連盟、またはJクラブ以外の第2種日本クラブユース所属チーム登録のまま、Jリーグ等の試合に出場可能とする。




注目は言うまでもなく法政大の本田拓也です。
実は、先日の水曜日の神戸戦の前に源気とそのことを話しておりました。
源:「決まったすね」
SJ:「だね?」
源:「清水で決まりなんですか?」
SJ:「う〜ん、どう思う?」
源:「良いんじゃないっすか。合いそうだし」
SJ:「ユニフォームが?チームが?」
源:「チームが」
SJ:「ふ〜ん。そんなもんか?」
源:「ですよ」
SJ:「まあ先輩の淳吾くんも居るしね」
源:「デスね。決まりかな?」
SJ:「どうでしょ?」
源&SJ:ニヤニヤ
ってな感じです。

やっぱり元チームメイトの動きって凄く気になるみたいです。
でも、まあこの日は源気自身も結果出したした。
もしかしたら、本田拓也の強化指定の報に触発され気合い入ったんじゃあいでしょうか?


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2006年09月10日

馬入の新事務所

朝焼けの中、ベルマーレの新事務所を観に行く。
何やってんだ?と思われますね(笑)。

sinjimusho.jpg

期待の写メなので画像荒いですけど。

随分完成してますね。
2階建てで、結構広そうだけど今の所の全部と合わせると同じくらいかな。
奥にある建物はどうなるのかという疑問は残りますけど。
いくらか車を駐めるスペースもある。
でも、クラブと選手全員の車は駐められないだろうなぁ。
そのへんはどうするんでしょうか?
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2006年09月04日

久しぶりに日記です

土曜日は久しぶりに仕事抜きで(ここ大事)、柏-湘南戦を観戦してきました。

いやぁ、仕事関係しないと気が楽です。
でも、そういうときに限って負けるんだよね。

4-0という敗戦はちょっとショックでした。
後半42分までは1-0という状況で、どちらに転んでもおかしくないと期待していたんだけど・・・
みすみす相手に2点目をくれてやりましたね。
でもって、オマケにはカウンターでロスタイムに2点追加。
久しぶりに大敗。

この試合を観た人からは「ロスタイムの2点はしょうがないよ」という声を良く聞いた。
しょうがないよね。たしかに。
点を取りに行ってのカウンターだし・・・


って、本当にそうなのかな?
1試合の中で同じ失敗を2回繰り返しての2失点なんですけどね?
しかも、これまでも同じ事何度繰り返してるのかな?
ロスタイムに2回同じ失敗ってプロとしては恥ずかしい事じゃないのか?

そもそも、カウンターを喰らうということはどこかに問題があるわけ。
攻めに出た。
全員攻撃に出た。
DFの人数が足りない。
確かにそう。
だけど、こっちがボール持って攻めてるときシュートで終わるなりして相手のGKにするとかという工夫が無いわけでしょ。
サイドでボール持って、センタリング上げる前にプレスかけられてボール奪われカウンターなんてのはもってのほか。
なんていうかなぁ・・・瀬戸際での選手個々の意識が低いんではないかと。

なんてことを思いつつ柏を後にしました。

ちなみに、この日は初めて柏駅から歩いてスタジアム入り。
意外と距離があったけど、雰囲気は感じた。

それから、アウェイでは久しぶりに顔を追わせる記者も多く貴重な意見が聞けるので刺激になる。

ちなみに、なるほどなぁと膝を打った意見は以下の3つ。

悠介のボランチはもったいないし怖くない。
そもそも「これが湘南」ってスタイルが見えない。何がしたいのか?
石原のスピードと身体能力に驚いた。年末にはJ1のチームが放っておかないでしょ?
というもの。
耳が痛い。

これまで、かなりな試合数を観てきて菅野監督の目指すスタイルは理解していたつもり。
でも、外の人から観ればちぐはぐな印象となる。
その差はなにか?
そこの現状打開のヒントがあると思う。

まあ、上田さんから監督を引き受けた時点で菅野さんの希望する選手が全て揃っていた訳でもないし、短い期間で手持ちの駒でここまでチーム状況を改革した手腕は素晴らしいと思う。
でも、それはあくまでも身内(僕ら)の評価。
スタンダードな評価ではなかった訳だ。

とはいえ残りのシーズンは短い。
どう立て直し、どこに目標を置くのか。
そのあたりを明確にしないと、選手もチームもサポーターもどう評価して良いのか、何を喜んで良いのか曖昧になりそうだ。


是非、次節の鳥栖には勝利して、監督会見で明確な目標を語って欲しいと思っている。

posted by 2take at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

U-16 日本代表

U-16 日本代表が発表されました。


U-16(FIFA U-17ワールドカップ2007)日本代表 AFC U-17選手権シンガポール2006(8/23〜9/18)メンバー [ JFA ]

9月3日より行われるAFC U-17選手権シンガポール2006に出場するU-16(FIFA U-17ワールドカップ2007)日本代表メンバーが決定しました。

【スタッフ】
監 督  城福 浩【(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ/FC東京】
コーチ  小倉 勉【(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】
GKコーチ 川俣 則幸【(財)日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ】

【選 手】

GK
廣永 遼太郎/1990.01.09/183cm 75kg/FC東京U-18
原 裕太郎/1990.04.23/186cm 78kg/サンフレッチェ広島ユース
大畑 拓也/1990.05.28/178cm 67kg/ジュビロ磐田ユース

DF
金井 貢史/1990.02.05/173cm 61kg/横浜F・マリノスユース
山地 翔/1990.04.14/181cm 70kg/浦和レッズユース
高橋 峻希/1990.05.04/164cm 54kg/浦和レッズユース
山崎 正登/1990.05.12/170cm 57kg/柏レイソルU-18
甲斐 公博/1990.05.16/176cm 60kg/横浜F・マリノスユース
濱田 水輝/1990.05.18/182cm 74kg/浦和レッズユース

MF
柿谷 曜一朗/1990.01.03/172cm 58kg/セレッソ大阪
八反田 康平/1990.01.08/168cm 50kg/鹿児島県立鹿児島中央高校
水沼 宏太/1990.02.22/174cm 66kg/横浜F・マリノスユース
田中 裕人/1990.04.26/170cm 60kg/ガンバ大阪ユース
岡本 知剛/1990.06.29/174cm 63kg/サンフレッチェ広島ユース
山田 直輝/1990.07.04/165cm 60kg/浦和レッズユース
山浦 公裕/1990.10.29/170cm 58kg/ FC東京U-18
米本 拓司/1990.12.03/172cm 58kg/兵庫県立伊丹高校

FW
大塚 翔平/1990.04.11/177cm 64kg/ガンバ大阪ユース
齋藤 学/1990.04.04/165cm 58kg/横浜F・マリノスユース
比嘉 厚平/1990.04.30/163cm 55kg/柏レイソルU-18
端戸 仁/1990.05.31/173cm 58kg/横浜F・マリノスユース

【城福監督コメント】
「チーム立ち上げ時から取り組んできた「人とボールが動く」サッカーをアジア最終予選というプレッシャーのかかった中で、どれだけやれるかが世界へのドアを開けるキーだと考えています。メンバー全員がチームとしてまとまること、そして自分達の力を出すことに集中して臨みたいと思います」

【スケジュール】
8月23日(水) 17:00 トレーニング
8月24日(木) 10:00 トレーニング
8月25日(金) 9:30 トレーニング 15:00 トレーニング
8月26日(土) 9:30 トレーニング 15:00 トレーニング
8月27日(日) 未定 トレーニングマッチ (vs流通経済大学)
8月28日(月) 9:30 トレーニング
※8月23日(水)〜28日(月)のトレーニング会場は全てJヴィレッジです。

8月30日(水) 〜9月2日(土)トレーニング シンガポール国内
9月3日(日) 【AFCU-17選手権シンガポール2006】
20:00 日本代表vsネパール代表  Jalan Besar Stadium
9月5日(火) 17:00 シンガポール代表 vs 日本代表  Jalan Besar Stadium
9月7日(木) 17:00 韓国代表 vs 日本代表 Jalan Besar Stadium
9月11日(月)
17:00 準々決勝 Jalan Besar Stadium
20:00 準々決勝
9月14日(木)
17:00 準決勝 Jalan Besar Stadium
20:00 準決勝
9月17日(日)
17:00 3位決定戦 Jalan Besar Stadium
20:00 決勝戦

※スケジュールは、チームの都合・天候等により変更となる場合があります。


注目すべきはやはりマリノス5人集。
彼らの経験は、そのまま神奈川国体選抜の力となるので是非シンガポールでも頑張ってきて欲しい。

ちょっと不安なのはFWに背の高い選手が見あたらないことかな?
さすがにこの世代ともなると、体格差だけでサッカーはできないけど外国の年齢詐称しているような強面で背の高い選手がいると厄介かな、などと思うわけです。
まあ杞憂だろうけど・・・


しかし、久しぶりのアップが代表メンバーの記載だけとはやばいなぁ。
真面目に頑張ります。
posted by 2take at 04:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

あほネタ

どうでもいいネタです。


KNOCK MATERAZZI OUT!




Provided to you by the GamesDr.com - 100% Free Myspace Games.




画面隅にいるジズーをマウスで掴んで、マテくんに頭突きを喰らわして下さい。
レッドが出るまで頑張って!!
posted by 2take at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

ポルトガルリーグからの移籍について

W杯期間中にポルトガルリーグから2人のブラジル人がJリーグに移籍してきた。


アレシャンドレ グラール選手 期限付き移籍にて加入内定のお知らせ [ 清水 ]

このたびアレシャンドレ グラール選手が、期限付き移籍にて清水エスパルスに加入することが内定いたしましたのでお知らせいたします。

グラール選手の現所属はCDナシオナル(ポルトガル)ですが、契約満了(6月1日)後にコリンチャンス・アラゴアナ(ブラジル)に移籍するため、清水エスパルスにはコリンチャンス・アラゴアナからの期限付き移籍となります。契約期間は2006年7月1日から2007年5月31日までとなります。なお背番号・登録名については未定です。

アレシャンドレ グラール Alexandre Luis Goulart FW

●生年月日:1976年7月24日

●身長/体重:182cm/79kg

●出身地:ミナスジェイラス州サンジョンデルレイ市(ブラジル)

●サッカー歴:クルゼイロ(1997〜98)
→インテルナシオナル(1999)
→クルゼイロ(2000前期)
→ボアヴィスタFC(ポルトガル)(2000/01後期〜01/02)
→CDナシオナル(ポルトガル)(2002/03〜05/06)
→コリンチャンス・アラゴアナ

●通算成績:ポルトガルリーグ 2000/01後期 16試合・10得点
2001/02 28試合・12得点
2002/03 26試合・7得点※ポルトガルリーグ2位(CDナシオナル)
2003/04 27試合・9得点
2004/05 27試合・6得点
2005/06 31試合・11得点※得点ランキング7位

http://www.jsgoal.jp/club/shimizu/00033443.html


アンドレ選手獲得のお知らせ [ 京都 ]

このたび、ナシオナル(ポルトガル)に所属しておりましたFWアンドレ選手(27歳)の獲得が決定いたしましたので、お知らせいたします。

≪アンドレ(登録名 ANDRE)≫
・本名:アンドレ ピント カンダカン ANDRE PINTO CANDACAM
・ポジション:FW
・生年月日:1978年12月14日(27歳)
・身長/体重:183cm/79kg
・国籍:ブラジル
・チーム歴:199〜2001フラメンゴ(ブラジル)−2002ポルトゲーザ(ブラジル)−2002〜2006ナシオナル(ポルトガル)

・プレーの特徴:
得点感覚に優れたストライカータイプのフォワード。
長身を活かし空中戦に強く、高いシュート能力が持ち味。
ポルトガルリーグの2005-2006で14得点と得点王争いをしていた。

※アンドレ選手は、6月6日(火)よりトレーニングに参加しています。

http://www.jsgoal.jp/club/kyoto/00033973.html


で、2005-2006シーズンのポルトガルリーグの得点ランキングが以下のようになっている。

Jogador      Golos

Meyong       17
João Tomás    15
Liedson       15
Nuno Gomes    15
André Pinto    14
Joeano       13
Saganowski    12
Goulart       11
Gaúcho       10
Lucho González 10
Simão        9
João Pinto     9
Júnior        9
Marcel        9
Kanu         8
Adriano       7
José Carlos    7
Gregory      7
Didi         7
Manu        7

今回のW杯にも出場しているNuno Gomes(ベンフィカ)が15得点。
元ポルトガル代表のJoão Tomás(ブラガ)も15得点。
彼らを基準にして考えても、André Pintoの14得点、Goulart(ポルトガルではゴウラルトって普通にローマ字読みしているらしいぞ)の11得点は評価できると思う。

ちなみに、1位のMeyong(ベレネンセス)17得点は、カメルーン代表。
以下、Liedson(スポルディング)15得点は、ブラジル代表。
Lucho González(FCポルト)10得点は、2006W杯のアルゼンチン代表。
Simão(ベンフィカ)9得点は、2006年W杯ポルトガル代表。
João Pinto(ボアヴィスタ)9得点は、元ポルトガル代表のゴールデンエイジ世代。
と、若手から重鎮まで蒼々たるメンバーが名を連ねる。

ポルトガルリーグはあまり有名ではないが、最近では現チェルシーのモウリーニョ監督が率いたFCポルトが2003年にはUEFAカップで優勝。
翌年の2004年にはチャンピオンズリーグで優勝。
ベンフィカも今年のチャンピオンズリーグではリヴァプールを破り8強まで残る活躍するなど決してリーグ自体のレベルは低くない。

そうしたリーグで得点を重ねてきた選手たち。
ブラジルのサンバのリズムに、欧州の組織的な頭脳が融合して完成した両ストライカーに期待。
欧州経由のブラジル人って本当に怖そうだ。

そして、彼らの活躍でポルトガルリーグにも関心が深まると嬉しいね。



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2006年07月04日

ヒデ引退

仕事からの帰り道。
知人が携帯に連絡をくれ教えられたのは「中田ヒデ引退」の報。


以下、ヒデのブログから引用



“人生とは旅であり、旅とは人生である” 2006.07.03

〜1985年12月1日 - 2006年6月22日〜

俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

あの頃はボールを蹴ることに夢中になり
必死でゴールを決めることだけを目指した。
そして、ひたすらゲームを楽しんだ。
サッカーボールは常に傍らにあった。

この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。
山梨の県選抜から関東選抜、U−15、U−17、ユース、そしてJリーグの一員へ。
その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。

五輪代表、日本代表へも招聘され
世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。

サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。
サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長させてくれた。

半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に
約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

サッカーは世界で最大のスポーツ。
それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。
選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為の責任を負う。
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。

プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後
サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為
ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。
しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。

ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ
挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どこの国のどんなスタジアムにもやってきて
声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン――。
世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援――。
本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。

サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、
何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。
正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…
ちょっと自信がなかった。

けれどみんなからのmailをすべて読んで
俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで抱き続けてきた“誇り”は、
これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと
乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。

今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど
サッカーをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”


中田英寿

1977年1月22日生
身長175cm/72kg 山梨県出身。

主な国際大会

U-17世界選手権(1993年)
ワールドユース(1995年)
アトランタオリンピック(1996年)
ワールドカップ・フランス大会(1998年)
シドニーオリンピック(2000年)
ワールドカップ・韓日大会(2002年)
ワールドカップ・ドイツ大会(2006年)

経歴

1995年 ベルマーレ平塚 26試合8得点
1996年 ベルマーレ平塚 26試合2得点
1997年 ベルマーレ平塚 21試合3得点
1998年 ベルマーレ平塚 12試合3得点
98−99年 ペルージャ 33試合10得点
99−00年 ペルージャ 15試合2得点 → ASローマ 15試合3得点
00−01年 ASローマ 15試合2得点
01−02年 パルマ 24試合1得点
02−03年 パルマ 31合4得点
03−04年 パルマ 12試合0得点 → ボローニャ 17試合2得点
04−05年 フィオレンティーナ 20試合0得点
05−06年 ボルトン・ワンダラーズ 21試合1得点

<主なタイトル>

1997年 Jリーグベストイレブン、AFC年間最優秀選手
1998年 AFC年間最優秀選手、セリエA外国人選手MVP
2001年 セリエA優勝、コンフェデレーションズカップ準優勝
2002年 コッパ・イタリア優勝



正直言えば、今は何も考えられない状況。
というか、考えたくない。

夜のニュースやネットでは「彼らしい決断」「決断を尊重する」「ありがとう」など綺麗な言葉が並べられている。
確かに、確かにそうかもしれない。
俺も心からありがとうと言いたいよ。
けど、けどさ・・・・・俺は納得できないんだよ。
「ヒデらしいと言えばヒデらしい」
そうかもしれない。
けどさぁ、弱くなっているときって誰かに声をかけて貰いたいときってあるじゃん。
「そんなことないよ」「大丈夫だよ」ってさ。

誰か1人でも代表の仲間が、ヒデの行動に気が付いて優しい言葉の1つでもかけてあげたのだろうか?
ヒデの周りの人間も。

今から1万通のメール、いや10万通のメールで「ヒデ辞めないで」って言っても絶対に彼が翻意しないだろうというのは判っている。
でもさ。
でもさ。なんだよ。

駄々をこねる子供みたいだってのは重々承知だよ。
そんなのわかっちゃいるけどさ。
ヒデの引退の意志は判るけど、理解したくない。

いまはそれだけしか考えられない。

俺の好きなマンガで「シュート」ってのがあった。
そこで余命数ヶ月を宣告されたチームのエースで10番の久保が、後輩の俊にこう聞くシーンがある。
「トシ、サッカー好きか?」と

今、ヒデに会えたら聞いてみたい事がある。
「ヒデ、サッカー好きか?」と。
引退を宣言した後だからこそ見えてくる事もあるんじゃないか?ヒデ。

プロになれず好きなサッカーを諦める悲しさ。
怪我でプロの道を断念した悔しさ。
もう一度0にして考えてみて欲しい。
サッカーを続けるにしても続けないにしても。

でも、ありがとうヒデ。
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2006年05月27日

ルイ・コスタがベンフィカ入り

ruicostab123.jpg

このブログには合わない内容かもしれないけど、どうにもたまらず書かせて頂く。

ポルトガル代表の10番として活躍してきた、あのルイ・コスタがポルトガルの古巣ベンフィカに復帰した。
これまでにも何度か「ルイ・コスタがベンフィカに復帰」とういう話題は聞いてきたが、ついに現実のものとなった。

しかも、知人のブログで知ったのだがルイは白紙の契約書にサインをしたそうだ。
というのも、「金額はサインの後に決めてくれれば良い」という事なんだそうだ。
ルイ・コスタの中では、ベンフィカでプレーできることが喜びでありお金はの大小は問題ではないという意味だ。

こんな粋なことされるとたまらないなぁ。
もうそれほど長くはプレーできなかったとしても、最後の最後までらしさを出して欲しいな。
もしかすると、地元ポルトガルに戻ってきて全盛期をも凌ぐ活躍なんかしたら、次のW杯は無理でも2008のEUROで代表復活なんてこともあるかもしれないなぁと思ってみたりもした。

しかし、我らが中田ヒデもキャリアの最後はベルマーレに来てくれたりするだろうか?
もしそうなっても、チームがJ2でもがいていちゃ格好悪いよなぁ。
でもって、着替える場所もないところで練習なんかしていたら・・・・
そう思うと、グラウンドもクラブハウスもそうだけど、J1にも早いところ復帰しないといかんよ。

いつか、ヒデがベルマーレのユニフォームを着て平塚競技場で記者会見なんてしてくれるかと思うと身震いするね。
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2006年05月26日

看板とクラブハウスについて

え〜っと、金曜日発売のエルゴに次節の展望の他に、看板の件と、クラブハウスについて書きました。
とはいえ、後の2つは神奈川県在住の人でエルゴを配達でとってないと読めないんだけどね(汗)。
まっ、これを機に県内在住のひとは配達に切り替えてみて下さい。
毎週金曜日は神奈川だけのコラムが載るので。


さて、この週間で掲載されるコラムのお陰で、5月に入ってからは毎週必ず大神に足を運び取材を重ねている。
そして、その取材の間に会う人たちによって僕のサッカーライフはより充実したものになっている。

特に最近お気に入りなのが『○○さん塾』。
ちなみに、先日の水曜日は言わずと知れたユースチームの監督であるチョウさんと土手での青空教室だった。
その前はコーチの哲さんとだったな。

長いときは、トップチームが練習している間の約2時間ずっとサッカーの話をしている。
話題もそのときどきで変わるのだが、これが凄く勉強になる。
なかなか普通じゃできない経験だよね。
ほぼ毎週誰かとサッカーの話をして、あ〜じゃない、こ〜でもないと議論をする。
まあ大抵の場合は教えて頂いているのだけどもね。

するとね、今まで見えなかったものが見えてきたり、今まで思っていた事の裏付けが取れたりするんだ。
なんでセンタリングがぶれたのか?
なんであの選手は今年急成長したのか。その理由は?
などなどね。

そして、ふと思うんだ。
この和やかな大神の土手という環境が、もうすこしで使えなくなってしまうのか・・・・と。
芝生の上ではトップチームの選手が練習に励み。
その姿を土手の上の思い思いの場所で眺め、隣に居るだれかとサッカー談義を始める。
そして、トップの選手が引き上げることになると、ほっぺのまだ赤い少年が「こんにちは〜」とスパイクを片手に土手に上がってくる。
向こうに見える土のグラウンドでは子供達がワーワー言いながらボールを蹴る姿。


サッカーのある場所。


サッカーのある生活。


サッカーのある幸せ。


これが、そうなんだと。
そんな事を考えながら、僕はまだ暫くはこの大神に通い続ける。

って事でなんのまとまりも無い日記になっちゃった。
反省。
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2006年05月03日

終わりなき旅・・・

ちょっと今日は趣を変えて。


凄く昔のように思えるんだけど、今から約3年前の冬。
僕は桐光グラウンドに居た。

目の前には高校生活最後の大会。
高校選手権への出場へ向け戦う彼らが居た。
この試合は是が非でも勝たなければならない。
だが・・・・地に足が着かない。
ビハインドは2点。
焦る。
いつもみたいに体が動かない。
それでも、必死にボールに食らいつく。
相手からボールを奪うと、ドリブルで相手ゴールへ迫りシュートを放つ。
しかし・・・・・無情にも試合終了の笛が鳴り響く。

倒れ込むイレブン。
スタンドへ向け「ゴメン」「本当にゴメン」と叫ぶ。
人生の終わりにも似た絶望感に包まれ、声にならない嗚咽を漏らし泣き崩れた彼ら。

あのとき僕は何も声をかけてやれなかった。
いや、人生の先輩として気の利いた一言もかけてやりたかったのだけど、何かを口から出そうとする瞬間に僕自身も嗚咽と涙がこぼれてしまいそうだった。
そう、恥ずかしながら僕も必死に涙をこらえていたんだ。

あれから3年。
その彼らはそれぞれの道を選び歩みを始めた。

正確なロングキックとピッチを鳥瞰する視野を持つタク。
今や関東大学界屈指の名ボランチへと成長した。
何をするか判らないけど、天性のパスセンスと勝負強さが武器のケンジ。
2部落ちという屈辱を乗り越え、今、関西の大学リーグで新しい旋風を巻き起こしている。


今なら言えると思う。
「サッカーに終わりはない」「好きなら最後までやり通せ」と。
そして同時にこの歌を送るだろう。

「終わりなき旅」を・・・・





今なら彼らも振り返ることができるだろう。
あの日のことを。
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2006年04月27日

宣伝だよ

とある経緯でこちらの仕事をさせて頂きました。

「ダイナブックでFIFAワールドカップを楽しみつくそう!」
という中の
「FIFAワールドカップ チャレンジクイズ」

http://dynabook.com/pc/soccer/enjoy_fifa/quiz_start.htm

まあ、サッカー好きの皆様にはなんてことのないクイズです。
Tシャツとか、マフラーとか、タンブラーとか、レアなグッズが当たるのでご参加してみて下さいな。

よそしく〜。
posted by 2take at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月14日

ベルマーレの練習とか国体の練習とか・・・

200604121811000.jpg

水曜日。馬入へベルマーレの練習を見学に行ってきた。
前日の雨により、球の走らない大神(天然芝)を避け、急遽こちらの場所(馬入は人工芝)変更となったらしい。

ザッと見た感想は、守備修正と攻撃のパターンを数種類試していたようだ。
スタメンは変わるかもしれないですな。
まあ詳しいことは金曜日発売のエルゴで。よろ。

ちなみに、馬入ではJ'sGOALでおなじみの隈元さんにお会いした。
聞けば、「Footival(フッティバル)」で尾亦くんの取材だそうで。
かと思えば、管理棟の上では「「Go!Go!ベルマーレ」の取材が。
なんでか取材ばかりの日です。
俺は別に取材とかって訳でも・・・・

で、俺は練習後に久しぶりに高田さんと立ち話。
もちろん話題は自然とユースのことに・・・・

あんまり詳しいことは書かないけど、高田さんとチョウさんの監督としての指導方針や、考え方の違いを知りました。

まあ、これは今まで桐光の佐熊さんとか、桐蔭の山本さん、弥栄西の元監督である内田さん、厚木北の小林さん、城山の大野さん・・・挙げればきりがないから終了。
などなど多くの高校の監督と話をしてきたけど、(俺が話を聞いてきた中で)ほぼメンツが同じチームに違う監督が就任した例ってのは少ない。
(唯一の例としては、弥栄西の内田監督→福原監督ってのがある)
で、気がついた。
高田さんとチョウさんの指導方針はかなり違うかなと。
高田さんは、どちらかといえば選手の良いところを褒めて伸ばしていくタイプ。
チョウさんの場合は、とにかく徹底して基礎から叩き込むタイプ。
どっちが良いというのは俺は決めることじゃない。
けど、今の3年生は指導方針の変更にちょっと戸惑っているかもしれない。

オフト元日本代表監督のことを思い出してほしい。
Jリーグが開幕し、人気もうなぎ上り、もちろん最先端の技術やシステムを教え込まれた日本代表。
しかし、ベースとなるものがあまりにも貧弱だった日本代表選手達。
ラモスやカズは違ったかもしれないけど、勘違いしていた輩は相当多かった。
そんな跳ねっ返りどもの鼻っ柱をガツンと折ったのがオフト。

昨年、全国大会クラスまでレベルを上げたが全国では勝ちきれなかった。
その経験を踏まえ、再度挑戦し勝てるチームに変えていくための下地作りに着手しているのがチョウさんなんじゃないかと思うわけだ。
素質はある。しかし、何かが足りない。
上に行くために必要なもの。
そこにヒントが隠れているように思う。


で、ベルマーレの練習後。
今度は国体の練習を見学。

当然ベルマーレっ子もおります。
が、マリノスユースっ子が目立つねぇ。

今年の国体はU-16化ということで、現高校2年生の早生まれ組と現高校1年生が25人ほど集まっている。
メンバーは残念ながら極秘。
ミニ国体、もしくはU-16リーグ開幕までは控えさせていただく。

練習を見た感想としては、16歳とは思えないほど良い体格の子もいれば、まだまだ背も低くもやしっ子の印象を受ける子も居るけど、さすがは国体選抜候補選手。
どの子、子ってのも失礼だな。
どの選手も上手くて驚いたし、サッカーは身長じゃないねぇ〜と改めて感心した。
現在は怪我やチームの事情で招集を見送った子もいて、約30人前後の候補が居る。
U-16リーグ、ミニ国体、国体本戦までは、この30人+α(追加選手)で戦う予定。
(当然、途中で代表に選手を取られたりもするし)
だから、高校やユースで突然伸びる子が居れば当然国体候補の招集もあるわけ。
しかも、神奈川県の国体メンバーはマリノスの天野や田中を始め、ベルマーレの永里、川崎Fの都倉、谷口など多くを排出しています。
そんなこともあり、今後も国体メンバーからは目が離せない訳です。


ちなみに、神奈川県サッカー協会の広報では先日のプリンスリーグの公式記録を掲載してますんでこちらもよろしく。

http://www.kanagawa-fa.gr.jp/info/

できれば、国体の情報なんかもこちらで取り上げていこうと思います。






posted by 2take at 04:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

宣伝

1つ宣伝です。

FM湘南ナパサ(78.3MHz)さんで、月曜日放送のベルマーレビッグウェーブ(20:00〜30分)に出させて頂くことになりました。

http://www.scn-net.ne.jp/~nbc/


開幕前に続いて、2回目となります。
まあ、もしお暇なら聞いてくださいな。

鳥栖戦敗戦後の後だけに、ちょっとテンション上げていきたいと思います。
posted by 2take at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月14日

東京V戦の後に思うこと

第2節の東京V戦が終わり、各公式系のHPなどでも監督会見のコメントやら選手コメントが扱われているがちょっとした違和感を覚えたので書いておきたい。

まず1つめが、各HPで質問の内容とそれに対する返答がぶった切られていたりしていること。
2つめに、某選手から聞いたコメントが別の媒体に先に掲載されていたこと。
(これについては某ラジオ局の方も苦々しく思っていると聞いたこともある)

まず1つめに関しては、今年のチーム方針がシークレット体制な訳で意図的なカットということもあるかとは思う。
けど、見ていたサポーターは監督がどういう意図でシステムを変更したのかを知りたいんじゃないかな?と思った。
以前、ある方から言われたことがある。
「俺らサポーターは、直接選手とか監督からその試合の戦術やシステムなんかのことをなかなか知ることができない。だからこそ、メディアではどんどんそういった事を聞いて欲しいし、媒体に載せて欲しい」
「それこそ当日にHP(某公式サイト)へアップされる監督会見や、選手コメントってのはその日の試合を振り返るのに必要なんだ。なんで負けたのか、なんであいつを交代させたのかはもちろん、あのシステム変更の意図は何だったのだろう?とか失点の原因は?とかね。いつも答えを記事から探してるんだよ!」
「俺らは(取材のできる)パスを持っていない。平日、仕事をしているヤツは選手や監督と練習場で話をできる人もそう多くない。だからパスを貰っている人たちにこそ、そういったサポーターの為にも素朴疑問をどんどん聞いて欲しいんだ」と。

それを聞いて俺は当然だなと思った。
僕らの役目は?って考えたときに、その答えってこれなんじゃないかなと思った。
知りたい人たちがいる。だからこそその知りたい情報を聞き出して記事にする。
当たり前のようでできていないこと。

サッカーを取材してうん十年のある先輩が言っていた。
「言い方は悪いが、私たちはサッカー選手をネタにして飯を食っている」と。
その言葉に続くのは・・・・

答えは沢山あると思うけど、とりあえず俺は彼ら彼女らの疑問を解消できるようなコメントを選手や監督から引き出してなにがしかの形にして皆の目に触れさせること。
それがまぁ結果的に自分の評価だとも思うし、その掲載媒体の評価にも繋がるのだと信じている。

だから、もしこれが意図的なのだとしたら・・・・
チームとメディアは協力していかないといかんと思うのよ。
今のご時世、スカパー!とかでどの試合も録画しておいてビデオで見ることが可能。もちろん監督会見も含まれる。
ならば、無駄な策を用いることはあんまり賛成できないなぁ。と。
観れば判るじゃん。とも。

まあ当然、チームの方針でもなく単に掲載できる容量の問題とか、記事を作成する側の時間的問題とか編集部の意向だったりとか他にも要因はたくさんある。
それも普通。
だから・・・とは言いたくないけど、なんか腑に落ちない。

と、試合後数日して感じていた。


そして2番目。
これは別に俺だけじゃないと思うけど、メモしたコメントが別の媒体でザクッと記載されているのを見てしまうと、これから原稿を書こうというときになんか気持ちを削がれたように感じる。
しかも、そのコメントが囲み(選手をメディア数人で囲んで質問する)で取材して得たものならば納得もできるのだが・・・・
自分と1対1で聞いていたと思っていたものが(思いこんでいた場合もあるけど)、いつの間にか別のところで出ている。
裏を話せば、コメントの共有なんてのは常にある。というか近年では常識らしい。
まあ、新聞社の方々やTV関係の方々なんかは特にそうだろう。

でも、最低限のプライバシー(なのかは判らんが?)独自性とか必要なんじゃないかな。と。
月曜日のピンク新聞読んでいただいた方はご存じかもしれないけど、ユースケの「俺、普通じゃないから(笑)」については、あの一言で彼の雰囲気とか、感性を上手く伝えられたんじゃないかと思う。
(まあ、ちょっとある種のネタ的ではあるけど・・・)
でも、あの一言を聞けるか聞けないか、載せるか載せないかでは大きな違いがある思う。
あの記事を読めば「あぁ、当然狙ってたんだねぇ」「しかも、ファビオに文句言ったんだぁ」って試合後のロッカーの雰囲気も判って貰えたと思う。

通り一遍の優等生的なコメント。こんなの聞いていても面白くない。
だからこそ、独自のコメントを!と思う事こそが記者魂だと思う。
(これは、僕の師でもある牛木先生の影響だと思っている)
ぺーぺーの俺が、そんな偉そうなこといえないけどさぁ。

でも、取材して聞き出したコメントを別のところで見つけるというのは、なんか不意打ち喰らったみたいな感じで良い気持ちにはなれないよね。

これは逆にいえば当然自分にも当てはまることなので、以後気をつけると共に、更なる努力と熱意を持って選手たちから独自のコメントを引き出せるようこれからも日々精進に励もうと思った火曜日でした。

posted by 2take at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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