2006年10月08日

たんなるぼやきです

日記です。
ぼやきです。

適当に聞き流してください。


昨日から風邪引いて寝込んでます。
なもんで、PCの前でネットを巡る。
まあ、こういう時こそいろいろと考えてしまう事がある。


で、タイミング良く見つけた以下のサイト。
サポティスタにもリンク貼られているけど、ヴァンフォーレ甲府の海野社長の活躍がマンガになったって話し。
大変勉強不足な自分を恥じましたが、是非マンガでも読んでみたいと思った。
明日、コンビニで探して絶対に読もう。



BJ魂に載っているヴァンフォーレ甲府の海野社長の漫画はJリーグファンなら必読の内容(UG Blog)



何が言いたいのかというと、我が湘南ベルマーレの低迷と、ヴァンフォーレ甲府の躍進とは何が違うのかということ。
お荷物とまでいわれ潰したほうが・・・とまでいわれた甲府。
そのクラブチームを首をかけ再生にあたった海野社長の意気込みと、それに応えたサポーターとスポンサー。
正直、火事の下りは知らなかったけどサポーターの心意気には感動。
でも、そもそもサッカーに対する情熱ってなに?


手抜きしている。甘えているとはいわないが甲府とウチとではクラブ運営陣の覚悟が違うのかな?と。
サポーターは同じくらい、いやそれ以上に熱いと思っている。
でもね・・・現実を見ればあちら様はJ1で今年の残留が確定的。
こちらはJ2で4年も続けて下位に沈み昇格争いとは縁のない1年となった。

結果が全てではないとは思う。
しかし、プロである以上は結果と利益を出してこそ評価される。
でなきゃ、選手だけじゃなく社員も生活できないでしょ。
クラブの反映=自分たちの生活の安定
簡単にいうとだけどね。

さて、なんでこんな事を書いているかというと、ここ最近いろいろと考えていることがある。
何をすれば観客が増えるのか。
ファンが増えるのか。
魅力あるクラブになるのか。

強くなる方法を見つけることは俺にはできない。
俺は指導者じゃないからね。
でも、湘南というクラブは好き。
だから魅力あるチームにしたい。
じゃあ、何ができるのか?
俺個人の力では何もできません。

でもね、僭越ながらもこのブログを熱心に読んでくれている人の数はかなり居ると認識しています。
だから、せめてその人たちだけでもこのマンガを読んで認識して何か考えて欲しいなと思い書いてます。

俺は俺なりのやり方で、皆は皆のやり方があると思う。
スタジアムに通うこと、チケットやグッズを買うこと。他にも、売店でご飯を食べること。沢山ある。
練習場に足を運んでサインを貰うことなんかもね。

地元の中高生が、将来はベルマーレでプレーしたいと思えるような魅力在るクラブに。
そして、強いクラブに。
甲府ができたんだ。
湘南でもできない訳はない。でしょ?
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2006年10月06日

猪狩と林がトップチームに昇格!!

ベルマーレから来期トップへ昇格する2選手のリリースが出た。

以下、公式発表そのまま。


■湘南ベルマーレユース 猪狩佑貴選手、林 慧選手 トップチームに昇格■

この度、湘南ベルマーレユースの猪狩佑貴選手と林 慧選手が来シーズンよりトップチームに昇格することが内定いたしましたのでお知らせいたします。

猪狩選手、林選手ともにジュニアユース(中学)からベルマーレに所属しています。下記のとおり2選手のプロフィールをご紹介します。
ぜひご期待下さい!

【猪狩佑貴 選手】
◆氏名
 猪狩 佑貴(いがり ゆうき)

◆ポジション
 MF

◆出身地
 神奈川県平塚市

◆生年月日
 1988年4月7日(18歳)

◆身長・体重
 167cm/57kg

◆サッカー歴
 FC金目(平塚市)−湘南ベルマーレジュニアユース−湘南ベルマーレユース

◆出身校
 平塚市立金目中学校−神奈川県立秦野高校

◆経歴
 2005年 U−17日本代表

◆特徴
ボールをもった時のスピードと突破力が武器。右足から放たれる強烈なシュートも大きな特長。また、今年はユースチームのキャプテンとして、チームを引っ張る精神的な強さをもっている。

◆コメント
「やっとスタートラインに立つことができたという思いです。幼稚園の頃から憧れていたプロサッカー選手に年を重ねるごとに近づき、プロになりたいという気持ちは強くなっていました。プロは厳しい世界だと思いますが、その厳しい世界でどれだけ生きていくことができるか、これからの自分が楽しみです。プレーの面では、ドリブル突破とシュートが得意なので、1日も早く大舞台でそういったプレーを見てもらえるように、日々の練習を大切にしていきたいと思います」

【林 慧 選手】
◆氏名
 林 慧(はやし さとる)

◆ポジション
 MF

◆出身地
 神奈川県大和市(現在は座間市在住)

◆生年月日
 1988年6月13日(18歳)

◆身長・体重174cm/67kg

◆サッカー歴
 林間SC(大和市)−湘南ベルマーレジュニアユース−湘南ベルマーレユース

◆出身校
 座間市立東中学校−神奈川県立ひばりが丘高校

◆特徴
ボールを扱う技術に長けている、安定感のある中盤。ランニングプレーができる左利きのプレイヤー。

◆コメント
「トップに上がることを聞き、まず第一にもっと練習を積まなければいけないと感じました。自分の特長である、運動量とキックの精度、技術力をしっかりとアピールし、また自分の弱いところを克服し、1年目から試合に出られるように、常に120%で努力していきたいと思います」


まあユースチームをこの1年観てきた人からすれば、予想通りというところか。
特に猪狩に関しては2年生の時からトップに練習参加したり、U-17日本代表にも選ばれていたこともあり、ほぼ当確だったといえるが、それでも今年の成長があってのこと。
昇格が絶対視されていた選手だけに、プレッシャーもあった反面、気の緩みもどこかであった訳で、そんな葛藤のなか昇格を掴んだ猪狩は褒めてしかるべき。
しかし、当然これからもやって貰わなければならない。


もう1人の林に関しては、失礼ながら昨年までのプレーを見る限り並の選手だと思っていた。
これは、今だから書くけど春先の試合で起用されていたころの林は決してチョウ監督のベストチョイスでは無かった。
当時レギュラー格の選手が怪我や調子を落としていた事もあり、3番手4番手の林が起用された感がある。
しかし、ここから大化けした。
当然、本人のやる気、努力はいうまでもない。
ある意味では、その能力を引き出したのは監督、コーチの力だろう。
彼が昇格を掴むまでに至ったのは、今年のユースチームの方針や練習方法、監督、コーチとの関係、等々諸々の事がチームの中でも最もフィットしたのではないだろうか。
人生とは出会いと運命。
良い指導者と環境に恵まれ才能を伸ばすという良い例。

ちなみに、以前こんな話しを聞いた。
『林は元々左利きで技術も広い視野も持ってはいた。しかし、何かが足りなかった。それが走ること。ボールを追うこと、動くこと。元々スキルのある選手が走ることを憶え、よりいっそう輝きを増した。下地があったんだからあれくらいできて当然』
それが林だった。
改めて、この年代の伸びしろの大きさを感じた選手。
そして、まだまだ伸びる可能性をも秘めている。


ちなみに、ユースの先輩である源気に昇格する2人の話しを聞いたら「頭が良い子だから、生活面での心配は無いでしょ」とのこと。
なるほどね。

igari1005.JPG  hayasi1005.JPG
ドリブラーでキャプテンの猪狩  ボランチとして今後が楽しみな林
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2006年10月02日

関西大学リーグ 秋期 第2節

中休み(天皇杯の日程)を挟んでの第2節が開催された。

■10月1日(日)■
高槻市立総合スポーツセンター 14:20 kick off

近畿大学 0-3 大阪学院大学

■得点(アシスト)
大院大:
19分 加藤 健太(妹尾 隆佑・畑中 俊逸)
27分 樋口 和也(坂本 勇一)
76分 濱田 佳孝


マジ忙しくてウェブを見る暇無くて、マイミクさんからメール貰って近大の敗戦を知る。
0-3ですか。
完敗ですね。


マイミクさんのメールによれば、1トップ気味の布陣だったそうだ。
公式記録をみる術がない状態なので確認しようがないので、推測する感じではどうも新布陣が上手く機能していない様子。
賢治も1トップに近い位置でプレーしたらしいけど、彼の良さは2トップの下の方が良いかと。
1人で状況を打破できるタイプというよりも、人を使って上手く得点に絡むタイプでもんでね。
まあ、近いうちにメールすっか?と思っている。


これで1勝1敗。
まだ始まったばかり。
しかも、また次節は14日と2週間も空くので上手く修正して挑んで欲しい。
春期もいきなり敗戦から始まって、優勝したくらいだからもともと底力はある。
後は、王者というプライドをどう扱うか。
潔くはりぼてのプライドを捨てるか。
それとも、意地でも王者としてのプライドを見せるのか。
どっちだ?
これも、追われるものの苦しさかね。
posted by 2take at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 大学&U-23 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

Jリーグ特別指定選手

12日に協会からJリーグ特別指定選手の承認が発表された。
以下、協会のリーリース引用。


2006年度JFA・Jリーグ特別指定選手に児玉 剛選手・本田 拓也選手・小林 亮太選手・難波 宏明選手を承認(06.09.12)


日本サッカー協会は9月12日(火)、関西大学体育会サッカー部所属の児玉剛選手、法政大学体育会サッカー部所属の本田拓也選手、高崎経済大学付属高等学校所属の小林亮太選手、流通経済大学体育局サッカー部所属の難波宏明選手、以上4選手を2006年度JFA・Jリーグ特別指定選手として承認しました。

◇2006年度JFA・Jリーグ特別指定選手

選手 :児玉 剛(KODAMA Tsuyoshi)
ポジション:GK
生年月日 :1987年12月28日
身長/体重 :182cm/77kg
所属歴 :ガンバ大阪ジュニア→千里丘FC→吹田クラブ→京都パープルサンガユース
所属元 :関西大学体育会サッカー部
受入先 :京都パープルサンガ
承認日 :2006年9月12日(火)

選手 :本田 拓也(HONDA Takuya)
ポジション:MF
生年月日 :1985年4月17日
身長/体重 :177cm/70kg
所属歴 :FCコラソン→FCコラソン・インファンチル→桐光学園高等学校
所属元 :法政大学体育会サッカー部
受入先 :清水エスパルス
承認日 :2006年9月12日(火)

選手 :小林 亮太(KOBAYASHI Ryota)
ポジション:DF
生年月日 :1988年6月22日
身長/体重 :181cm/75kg
所属歴 :久留馬サッカークラブ→榛名町立榛名中学校サッカー部
所属元 :高崎経済大学付属高等学校
受入先 :ザスパ草津
承認日 :2006年9月12日(火)

選手 :難波 宏明(NANBA Hiroaki)
ポジション:FW
生年月日 :1982年12月9日
身長/体重 :172cm/68kg
所属歴 :玉島東中学校サッカー部→岡山県立笹岡工業高等学校→ヴィッセル神戸→栃木サッカークラブ
所属元 :流通経済大学体育局サッカー部
受入先 :横浜FC
承認日 :2006年9月12日(火)


【JFA・Jリーグ特別指定選手】
目 的:サッカー選手として最も成長する年代に、種別や連盟の垣根を越え、「個人の能力に応じた環境」を提供することを目的とする。
概 要:全日本大学連盟、全国高等学校体育連盟、またはJクラブ以外の第2種日本クラブユース所属チーム登録のまま、Jリーグ等の試合に出場可能とする。




注目は言うまでもなく法政大の本田拓也です。
実は、先日の水曜日の神戸戦の前に源気とそのことを話しておりました。
源:「決まったすね」
SJ:「だね?」
源:「清水で決まりなんですか?」
SJ:「う〜ん、どう思う?」
源:「良いんじゃないっすか。合いそうだし」
SJ:「ユニフォームが?チームが?」
源:「チームが」
SJ:「ふ〜ん。そんなもんか?」
源:「ですよ」
SJ:「まあ先輩の淳吾くんも居るしね」
源:「デスね。決まりかな?」
SJ:「どうでしょ?」
源&SJ:ニヤニヤ
ってな感じです。

やっぱり元チームメイトの動きって凄く気になるみたいです。
でも、まあこの日は源気自身も結果出したした。
もしかしたら、本田拓也の強化指定の報に触発され気合い入ったんじゃあいでしょうか?


posted by 2take at 21:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

栗橋庸介という選手を知っているか?

元U−18日本代表候補でもあり、大学時代には関東選抜の常連だった左利きのファンタジスタ。

MF 栗橋庸介(1983.10.10)

明治大学を卒業の際には、名古屋、横浜FM、磐田、福岡、大分が獲得に動いているという噂を何度も聞いた。
まぁ実際に確認できたのは、横浜FMの練習試合に参加だけだがその実力は疑いようないだろう。


その栗橋はご存じの方も多いと思うが、元は平塚市の出身でベルマーレJrユースに通っていた1人。
高校は筑陽学園高校に進学(監督の吉浦茂和氏は元フジタ工業(現ベルマーレ)の選手)。
その筑陽学園時代には、U−18日本代表候補の候補にも選ばれるなどした逸材。
明治大学に進学後も、左利きという利点とファンタジスティックなプレーで得点とアシストを記録する。
関東大学シーンを代表するハイポテンシャルな選手だった。


となれば、文頭にも書いたが幾つものJクラブから誘いがあり、当然大学卒業後はJリーグのクラブに入団するだろうと思われた。
しかし、いつまでたってもそのリリースは無かった。
そして、その栗橋の最近の動向をある人から聞くこととなった。

つい先日、平塚市の馬入天然グラウンドで市民体育サッカー大会が行われたが、なんとそこに栗橋が一般市民として参加したそうだ。
これには驚いた。

聞くところによれば、プロ入りを目指しJ1の数クラブで練習参加したが、いずれのクラブとも契約に至らなかった。
ならば、J2のクラブでも良かったんではないかという思いが巡るが。
実際は、J2のクラブからの誘いは1つもなかったらしい。
本人はプロ志向だった。
しかし、救いの手は伸ばされなかった。
まったくもって惜しい人材を失った。

個人的な意見言えば、凄く好きなタイプの選手で在っただけに彼のプレーがJで観られなくなった事は残念でならない。

ここで、更に疑問が1つある。
はたしてこの事の次第を我が湘南ベルマーレのフロント(強化部)は把握していたのだろうか?という点だ。
ちょっと詳しいサポータなら栗橋が元ベルマーレのJrユース出身であることは周知の事実。
筑陽高時代にはU-18候補であり、明治大学時代もユニバ候補など申し分ない成績を残し、数々のJクラブが目を付けた。
本人もプロ志向。
ここまでの条件が揃っていて、さて、では我が湘南ベルマーレは一回でもアクションを起こしていたのだろうか?
それが問題だ・・・


聞けば、昨年J入りを絶たれた栗橋はわざわざ大学を1年留年して就職活動を始めたそうだ。
現在は銀行だか公務員だかお堅い就職先が決まったという。
留年までして普通の就職を選んだということは、逆を言えばJリーグ入りを疑うことが無かったが故に、留年をしてまで再度就職活動をしなければなかったということになる。
それだけJリーグ入りを信じて疑わなかったのだろう。

ここまで読めば僕が言いたいことはお分かり頂けるだろう。

なぜ、湘南ベルマーレは栗橋の動向を把握できなかったのだろう。
よくクラブ関係者からは「J1のチームと競合するような選手を獲得する事はできない」という弱音を聞く。
果たして全ての選手にそれが当てはまるのだろうか?
昨年、流通経済大から加入した冨山達行は以前クラブのVoiceというコーナーででこう言っていた。
「怪我の事もあり多くのチームは獲得をためらったが、最後まで熱心に誘ってくれたベルマーレだから入団を決めた」と。
スカウトは熱意と愛だ。
僕はそう思う。

そうした意味では、我が愛しの湘南ベルマーレには愛が足らない。
おして、過去沢山あった愛とかコネとか財産を完全に無駄にしている。
そして、そうした体質は地元サポーターを無視したスタンスとなり完全に染みついてしまった。

ベルマーレ愛。
栗橋の心に、その愛が少しでも残っている事に懸けてみることも必要だったのでは?
もしかしたら、それはベルマーレにとってだけでなく、栗橋本人にとっても最良な事だったのではないだろうか。

地元出身の選手が、外の海に出て遠回りをして地元に戻ってくる・・・そんな淡い期待を抱いた瞬間もあった。
栗橋が平塚競技場でプレーする姿を見たかった。
地元からスターが1人失われたという事実が目の前にある。
僕はただそれだけが残念でならない。

posted by 2take at 19:10| Comment(3) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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